まえさかの唯一無二のおもしろブログ

まえさかです。大学生です。ブログ、Twitter、youtubeで まえさか として活動しています。おもしろいです。

スマホ依存症なんてものは存在しねえ

スマホがないと生きていけない」

「近頃の若者は一日中スマホばかり見ている」

スマホはもはや俺の臓器」

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スマホ依存というワードは社会問題として広く一般に取り上げられるワードになってきました。

 

私自身、暇な時間があれば基本的にスマホを利用していますし、周りの人たちを見てもその傾向が強いです。

 

しかし、それの何がいけないのでしょう。

 

というか、

人類がスマホを手にしたその瞬間からこうなってしまうことは防ぎようがなかったはずです。いわば必然。

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確かにスマホを使いすぎることによって、ドライアイになったり、手が変形してしまったり、猫背になるなど人体に負担がかかるリスクはあります。

 

ですが少なくとも、「近頃の若者はスマホばっかり」という論説に関しては容易に論破できます。

 

なぜならば

そもそも「スマホを見る」「スマホをする」という言葉自体に重大な欠陥があるのです。

 

私たちはスマホで、電話をし、メールをし、ラインをし、Twitterをし、写真を撮り、メモを取り、時間を確認し、ゲームをし、漫画を読み、テレビを見て、調べ物をしているのです。

 

これだけのことをしているのになぜひとくくりに「スマホをしている」と言えるのでしょうか。

あまりにも大雑把すぎます。

 

これをスマホがなかった時代の若者に当てはめると、

「近頃の若者はいつも電話か文通か写真撮影かメモを取るか時計を見るかゲームをするか漫画を読むかテレビを見るか何か調べ物をしているなあ」

となります。

いや、そりゃ何かしらには当てはまるだろ。

 

加えて言いたいことがあるのですが、

様々なタスクを一つに集約させることによって、それぞれのことをするのにかかる手間や時間が格段に減りました。

 

つまりスマホ普及以前に比べてできることの多様性はむしろ格段に高まっています。

スマホばっかり」なんてとんでもない。

 

「多様性」に関する意見はもう一つあって、

 

「最近の若者は酒もたばこも女もあまりやらなくなった。俺たちのころなんて…」

 

こういったセリフもよく聞きます。

 

もう言われなくてもわかると思いますがこれは当然、やれることが昔より多くなったから酒たばこ女以外に楽しみを見出すことが容易になったにすぎません。

 

話を戻します。

このように私たちはもうスマホの呪縛からは逃れられません。

 

それでもスマホ依存が気になる、何とかしたい、と思う人がいれば、

それはたまたまあなたのやりたいことがすべてスマホでできてしまっているに過ぎません。

 

なのでスマホでできないことを何か始めてみてはいかがでしょうか。

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朝は何時からが朝なの?

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なかなか寝付けない夜は苦しいですよね。

 

変な時間に昼寝した時とか、生活が乱れて昼夜逆転してしまった時とか、寝ようと思ってもなかなか眠れない。

 

…そうしてるうちに考えなくてもいいようなことを考え始めたり。

しかもそういう時に考える事ってだいたいマイナスな事だから余計に辛い。

いっそオールしようかとも思うけど今から何かしようする元気はない。

 

寝るしかないか、、

あっ、でも少しずつ外が明るくなってきてる、、、

 

ここでクエスチョン。

朝は何時からが朝なの?

 

一般的な感覚からすれば

夜眠って起きた瞬間から朝がスタートします。

 

睡眠をとることが1日の区切りとなっている感覚だと思います。

 

でもでも。

寝てない時は何時からが朝?

 

ちょっと考えてみましょう。

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①あくまで時間的に区切る

5時とか6時とか人によっては4時とか7時とか。

自身の行動パターンには左右されずに自分で思う朝の時間が過ぎた瞬間から朝。もしくは日の出とともにスタートとか。非常にわかりやすい。この考え方ができる人は普段から感情よりも合理性を重視して生きてそう。偏見なので心理テストとかではないです。

 

②自分が行動始めたら朝

外が完全に明るくなってから眠りについても寝るまでが夜で起きてからが朝。

結局眠れずにオールしたとしたら寝ることを諦めた瞬間からが朝。

自分主体の感覚です。みなさん普段いつからが朝だ?なんて考えて生活してないでしょうけど無意識にこの感覚になっている場合がほとんどなのではないでしょうか?

 

③寝るまで夜は終わらない

なかなかの頑固者ですね。2番よりもはるかに自分主体の考え方です。

万が一オールしたら周りの人と1日日付がずれますからね。

どうやって修正するのでしょう。昼寝とかで調整効くのかしら。

 

④俺は夜の世界の人間だから君達にとっての夜は俺らにとっての昼みたいなものさ。

 

…はい、了解です。

 

 

みなさん普段から当たり前のように朝昼夜と言う言葉を口にして、生活の基軸にしています。

しかしそれぞれの明確な区分けと問われると困ってしまうのではないでしょうか。 

 

ちなみに辞書上では

 

朝、、、日の出からしばらく間。

昼、、、正午を中心とした時間。

夜、、、日没から日の出まで。

 

といった感じでなんとも微妙な感じ。

夜はまあなんとなく伝わるけど。

 

はい、このように普段当たり前で片付けている事柄を改めて考え直すと面白い発見があるかもしれませんね。とゆーお話でした。

 

 

 

海外旅行の思い出をぼやぼや綴る①

先月、人生ではじめての海外旅行に行きました。

 

その時に起きた事や感じた事を他に書く事がなかったら書いて行こうかな。何回かに分けて。

 

僕が行ったのはマレーシアとシンガポール

友達と2人で行きました。

 

大まかな行程としては

東京→マレーシア→シンガポール→マレーシア→東京という割と多めの移動を一週間でこなしました。

結果として行程の大半を移動で過ごす事になりました。

移動番組と名高い水曜どうでしょうにも負けていません。いや、まぁ、さすがに負けるかな。

 

何故こんないびつな行程になってしまったのかと言いますと、結局は準備不足が原因です。

 

海外旅行をする上で航空券の予約は最も重要な準備の一つです。

何故ならば航空券は旅行費の中で最大の出費、最も高額な買い物だからです。

また、飛行機に乗り遅れてしまってはすべての日程が狂ってしまうので、飛行機の時間を軸に予定を組む必要があります。

 

つまり、航空券の予約が終わらないと予算も予定も何も組めないのです。

僕らはそこに手間取ってしまい、全てが後手後手にまわってしまいました。

 

予約サイトで買おうとしたら支払いはカードしかダメでカードを作るところから始めたりなんだりで気づいた時には安い飛行機はほとんど残っていませんでした。

 

そもそも旅行先も絶対にマレーシアと決めていたわけではなく、ぼんやりと東南アジアという中で、たまたま安く行けそうだったから、みたいな側面が強いのです。

 

そんなこんなで一時期は旅行の話がなかった事になるのではないかという不安までありましたがなんとか航空券を取る事が出来ました。

 

成田空港からクアラルンプール国際空港までで移動時間は7時間ほど。

 

出発時間が早かったため前日に成田入りし、空港内で一泊をしました。カプセルホテルなんかもありましたが金をケチりたい僕らはそこら辺の椅子で寝たりしました。

でもそういう人は全然珍しくなくて、なんならどの椅子を見ても人が横になって寝ているくらいです。

だから多分空港の椅子は汚ねえので注意してくださいな。

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深夜の成田空港にて一枚。

 

そして翌朝。

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 僕らが乗る飛行機以外にも様々な国へ向かう飛行機たちが。

 

成田空港ってめちゃくちゃでかいんですね。

 

搭乗口が99個もあって衝撃を受けました。

 

しかも僕らが乗るマレーシア航空の搭乗口は98番。完全に端っこに追いやられていやがるぜ、、

 

 

続く、、

 

東京の小学生は違うなと思った話

今年の8月東京に行った時の話なのですが、

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公園で小学生の虫取りを手伝ったんですよ。

どんな状況だよ、というツッコミは勘弁してください。

まあ、いわゆるネタの稽古をしていたわけなのですが。漫才の。

 

その最中ですよ。大人の男2人が大きな声あげて奇怪な動きをしてやり取りをしている中。

虫取りあみとカゴを持った小学校1、2年くらいの男の子が平然と虫を探しに近くまで来るわけです。どこにでもいるようなごく普通の少年です。

なかなかの強メンタルですよね。 僕が逆の立場だったら絶対近づきたくない。

 

聞くとその子はセミを探しているようでした。

ですがあまり取れていないご様子。

 

てなわけで手伝ってあげる事にしました。こちらに対する警戒心はゼロ。

 

大人の力を使ってガンガン捕まえてあげました。

 

ここで思った事があるのですが、最近の子どもは知らない人とは一切関わらないなんてことはないんですね。都会の子でも。

 

というかむしろ都会の子どもほど知らない人とも関われる能力に長けているのかとも思いました。(もちろん良からぬことをしようとしている大人とかは別ですよ。)

 

その虫取り少年の他にもたくさんの子どもや家族、お年寄りやカップルがいました。

 

虫取り少年はそこにいた同世代の子どもや大人たちに(我々が)とった虫を得意げに見せつけていました。

その流れでその子どもがしていた遊びに参加するなど興味があちらやこちらにかわるがわるで忙しくも楽しそう。

自然と様々な年代の人たちともコミュニケーションをとっているわけです。

 

地方の場合。公園に様々な人たちがいるという事があまりありません。

いてもわずかな数組しかいないのでそこ同士で交流が生まれるという可能性もあまり高くないのではないでしょうか。

 

事実この歳になって見知らぬ少年と遊ぶという事自体地方暮らしの僕にはほとんどなかったわけですから。

 

先ほど様々な人たち、と言いましたが、それは年代に限りません。今東京にはすごい数の外国人が溢れかえっていますよね。街とか歩けばすごく実感します。

 

驚いた事があったのですが、ここからはタイトルにあった話。

 

さっきの虫取り少年の虫取りをある程度手伝ってあげてそろそろ解散かな、と思った頃。

 

見た所親らしき人が見当たらなかったので

1人で来たの?と聞いたのですが、

それは違う、といいます。

 

するとそこに1人の外国人女性が近づいてきました。

 

彼女はフィリピン人で、少年の親ではなく、いわゆるヘルパーさんの様な人だそうです。

 

ですがその女性、少年に対して英語で語りかけているのです。

 でました。英才教育です。

何の変哲も無いごく普通の虫取り少年だと思っていた彼は実は英才教育を受けていたのでした。

女性は彼に英語で「ありがとうと言いなさい」という様なことを言ったのでしょう。

彼は僕らに「ありがとう」と言いました。

 

何だそれ。ほぼ通訳やん。

 

 

…はい、東京の小学生は違うなと思った話でした。

 

 

 

すべての出来事をポジティブに捉えることは可能?

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生きていればいろんな事があります。

ポジティブシンキング。プラス思考。

どんな事があっても明るく笑顔で生きていこう。

 

もう聞き飽きましたよね?

 

それが悪い考えとは思いません。むしろ素晴らしいと思います。

すごくすごく生きやすくなりますよね。

 

ただそんな事は本当に可能でしょうか?

本当に何が起こってもプラスに捉える事はできるでしょうか?

ちょっと考えてみましょう。

 

○大体のことは「経験」で片付けられる

人は同じことを繰り返すよりも、新しい経験をした方がそれが「経験値」としてたまっていきます。それが自分にとって苦しいものであってもたまっていきます。楽しい経験ももちろん大切ですが、苦しい経験の重要性は非常に大きいと思います。例えば10の苦しい経験をすれば5、6の苦しい経験は耐えられるようになりますよね。防御力が上がります。そういう事です。この考え方でいけばかなり多くの困難も受け入れられますし、むしろ様々な経験を得ようという行動力が増していくでしょう。自分を成長させるのには効果的な考え方と言えます。

 

◯でも全部が全部経験値につながるわけじゃなくない?

どうですかね。ほとんどいけると思いますけど。何パターンかに分けて考えてみますか。

 

・新しい事にチャレンジしてうまくいかない

→これは言うまでもなく最高の経験として残るでしょう。新しいことを自分で考え、試行錯誤したと言う事実は絶対に無駄にならないでしょうが。

 

・同じ失敗を繰り返す

→もうしないように気をつけるきっかけになるでしょう。今度から気をつけようと思えるかどうかの話です。そんなに難しい事ではないはずです。

 

・ただただ運が悪かっただけ。

→心が広くなれそうじゃないですか?それを我慢することも自分自身を高める事につながるのではないかと思います。

 

・本当にどうしようもなく重い出来事。

→本当に自分の人生を決定的に蝕むような出来事ならどうでしょうか。これを「経験」と捉えることは難しいだろうし、簡単に「経験」として切り捨ててしまうのはいかがかと思う向きもあります。これには「時間」というもう一つの軸が必要です。時間が経過していけば必ず痛みは軽減していきます。必ずです。必ず。後から思ってみればこういうことだったんだな、あれがあるから今の自分があるな、と思えるかもしれません。というかそう思えるように働きかけていくしかないでしょう。

 

○それでもポジティブな持っていき方がわからない場合がある

その状況は多々あると思います。単純に想像力の問題でどうポジティブに変えていったらいいかわからない。その想像力も鍛えていけば伸びると思いますが、その過程にいるときは苦しいですよね。

そんな時のとっておきな方法があります。

 

○笑い話に変える

高橋優さんの歌にそんな歌詞があったような。まあ、でも事実だと思います。他人の不幸は蜜の味じゃないですけど、失敗談というのは基本的に面白いです。話の面白い人って大概経験が豊富な事が多いですからね。そんな感じ。

 

結論。

すべての出来事をポジティブに捉えることは不可能ではない。しかし、思考法を自体を鍛えたり、時間に解決してもらう必要もある。

そんな感じ。

 

…以上!

メンヘラが本当に弱いのは心じゃねえだろって話

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メンヘラ。

この単語を聞いたときに皆さんはなにを思い浮かべるでしょうか。

おそらく精神的に病んでいる人を思い浮かべるのではないでしょうか。

 

ちょっとしたことですぐ落ち込んだり、夜中に思いださなくても良いような不安なことを考えていたり、四六時中同じことでずーっと悩んでいたり…

 

皆さんはメンヘラですか?メンヘラの自覚がなくても上に挙げたようなことがよくあったりしませんか?皆さんの周りの人は?

 

おそらく当てはまる人も結構おられるのではないかと思います。

 

でもあなたのその精神的なストレス、原因はほんとに心の問題なの?

今回はそういうお話です。

 

私が思うに、心の問題だから原因が心にあると考えるのは浅はかなのです。

メンヘラは弱いからメンヘラなのです。

 

でも弱いのは心ではありません。

 

ここからは私の意見をはっきりと述べさせてもらいます。

 

メンヘラは「人間として必要なスペックが単純に低いのです。」

そうでなければ、「スペックに見合った自信を獲得できていない」のです。

 

つまりどういうことか。

 

心技体という単語を耳にしたことがないでしょうか?

心技体の3つがバランスよく揃ってはじめて力を発揮する。

これはスポーツや芸能など特別な世界で戦っている人たちだけの話ではありません。

誰しもが備わっている必要があるのです。

 

もっと言うと、体がないから技なく、それゆえに心が弱くなるのです。

「体」とはすなわち生きていくのに必要な体力、エネルギーのことです。

こんなものはよく食ってよく寝れば備わります。食欲も睡眠欲もないなら運動してください。働いてください。疲れてください。空腹は最高のスパイスです。疲れ切って死んだように眠ってください。

 

「技」は人によって様々です。会社員なら営業成績、学生なら勉強できるか、部活で活躍しているか、とかですかね。でも極論言えばなんでもいいです。歌がうまい、絵がうまい、顔がいい、ゲームがうまい、何かの知識が豊富、なんでもいいんです。

自分だけの「技」を見つけてください。

自分だけの「技」を磨くのに「体」が必要なのです。

体が資本ってやつです。体力がなければどうしようもありません。

 

そしてその「技」さえあれば「心」が強くなるのです。

それはなぜか。理由は簡単です。高いレベルの「技」があれば、自分の支えになります。他人を上回ることができます。周りから必要とされます。ただそれだけ。

 

ガリバー旅行記」ってありますよね?

探検家が小人の島に迷い込んで大活躍する話。

ガリバーがあの状況でメンヘラになると思いますか?

島の中で誰よりも強いんですよ?島を外敵から守り、小人たちからあがめられ、必要とされているんですよ?

 

もちろん高い能力を持っていない人がダメだと言っているわけではありません。

存在してはいけない人間なんていないのは当たり前です。言わずもがな。

 

でももし精神的に弱くて悩んでいる人がいるのだとしたら「心」だけを強くする方法なんてないんじゃないの?ということを伝えたいです。

「ブロック」ってもっと柔らかい言い方にできない?

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みなさんはlineやtwitterなどでブロックされた経験はあるでしょうか。

 

私はあります。

 

こうなるとその媒体では連絡を一切断たれることとなります。

悲しいですね。

 

しかしこのブロックの原因の多くは自分自身にあるのもまた事実。

リアルで嫌われてしまったり、しつこく連絡を取ろうとしたり、twitterであればあまりにも興味のないツイートが多すぎたり…

この様な出来事の積み重ねが結果としてブロックにつながってしまうわけですね。

 

それはわかります。それはわかりますけど、

 

…もうちょっとソフトな言い方できませんか?

 

ブロックて。

 

なんかすごく冷酷で、どうすることもできない絶望感が込み上げてきますよね。

 

防衛行動でありながら、どこか攻撃的な響き。

 

なんと言うか、人間に向けて使う言葉じゃなくないですか?

バレーのスパイクとかに使う言葉じゃんか。

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もっと別の表現を、言い方を、考えてSNSの運営側に提示していきたいと思います。

 

①嫌い

「◯◯さんはあなたを嫌いになりました。」

 

残酷ですね。

 

残酷な響きですけど、ブロックに比べれば人間味が溢れてて良いかなと感じます。下手にオブラートに包まれるよかはこっちの方が。

今度から気をつけよう、ってなりますね。

だって嫌われてるんだもん。

 

②疲れた

「◯◯さんはあなたに疲れてしまいました。」

 

「嫌い」に比べ、少し優しくなった気がします。

向こうに気を使われることによって、

「なんだブロックしやがって。」

なんてイライラする気持ちが軽減することでしょう。

 

③距離を置く

「◯◯さんとあなたは少し距離を置くべきではないでしょうか?」

 

第三者からの的確なアドバイス。一度距離を置いてお互いに冷静になるべき、と言うことでしょう。

お互いの気持ちを重んじるSNSの気遣いに乾杯。

 

④山あり谷あり

「人生、山あり谷ありです。」

 

「ブロックされています。」なんて言われなくても分かることです。

長い人生色々なことがあるよ、と教えるのです。良いこともあれば、悪いこともあります。そんな繰り返しが人生です。良い時を最大限に楽しみ、悪い時をどう力に変えるか、それが大切。

 

こんな感じで見ていただきましたが、日本語の使い方一つで結構印象が変わりますよね。

 

ブロックの多くはブロックされた側に原因があります。

 

しかしだからと言って突き放してしまうのではなく、ブロックされた側の更生を促す様な優しさ、あってもいいと思います。